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映画「裸の大将」にみる脚本家・水木洋子氏の力量

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「裸の大将」
監督・堀川弘通
脚本・水木洋子
主演・小林桂樹
1958年製作

かの、放浪のちぎり絵天才画家・山下清氏の生涯の一部を、「山下清の放浪日記」を元に、自在にふくらませた劇映画である。

シノプシスはーーー
戦時中、施設を抜け出した 少し知恵の遅れた清が、放浪の旅へ出かけ、食べ物を恵んでもらったり、めし屋で働いたりする。
徴兵検査に落ち、するうち終戦となり、清は、施設の先生の尽力もあり、天才画家として名をあげる。
が、名誉などには関心のない清は、誰もいない海へと逃げ切り、了、ーーーというものである。

先ず、何といっても舌を巻かずにはおれないのは、水木洋子氏の脚本である。
知恵の遅れた者でこその、滑稽さ、ぶざまさで笑わせ、かつ同時に、知恵の遅れた者でこそ感ずる純朴な疑問ーーーその疑問が、実に、戦時から戦後へという時代の的を突いており、シリアスな社会派とも成っているのである。
この、一見、真逆の二つの要素を、一作品の中で力強くテーゼしてゆく、これは、お見事!と感嘆せずにはおれない。

主にそれは、清の疑問の台詞によって表現されているのだが、話しが進むにつれ、ぐんぐん核心に迫ってゆく。
冒頭近くのシークエンスでは、「『めし』と『弁当』は、どう違うのかなあ?」という他愛もないものであったのだが、出兵する兵隊を見送ると、「病気で死ぬと『仏様』になるのに、戦争に行って死ぬと『神様』になるのは、どうしてなのかなあ?」となり、戦争末期になると、「みんなは、日本の旗が一番きれいだと言うけど、僕は、日本の旗もアメリカの旗もイギリスの旗もきれいだと思うんだなあ」。
そして終戦後の、自衛隊の行進に対しては、「戦争はもうやらないのに、どうして自衛隊は鉄砲を持っているのかなあ?」と、核心のど真ん中を突く。
本作品では、このシーンがクライマックスとなっていて、つまり、この台詞が、本作品で最も伝えたい 国に対する疑問であり、それを清に代弁させている訳である。
清は、「どうしてーーー?」と、隊列を見る人々に聞いてまわるが、誰も納得できる答えを教えてはくれない。
ついに清は、隊列の中に割り込んで、自衛隊員の肩を掴んで「ーーー鉄砲を持っているのかなあっっっ???」と、その台詞を叫ぶようにぶっつけるが、自衛隊員達は、清が無き物の如くに、隊列を乱さずに進み去ってしまうーーー
圧巻のクライマックスである。

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劇映画の良し悪しの半分は脚本で決まってしまうのであるが、この作品は、水木洋子氏の、秀逸な筆さばきによって、最高水準の映画と成っている。
言うまでもなく、そこには、その脚本を深く正確に解釈し、巧く画に乗せられる監督の手腕と、体現できる役者の技量あってのことであるが。

画として、清を清たらしめている見事な表現だと唸ったのは、めし屋で、じゃがいもと人参を剥いた清が、普通の人だったら、一個剥いたらカゴにポイと入れてゆく所を、大きいから小さいまで二十個くらいを、順にきちんと卓上に並べて置いてゆく所や、風呂に浸かる清が、犬のように湯船のフチに両手をかけて、ボーッとしているショットである。

清役の小林桂樹氏の演技は、ステレオタイプの、「ぼ、ぼ、ぼ、僕は、、、お、お、お、おにぎりが、、、た、た、た、食べたいんだなあ〜」と、吃音で間をあけるしゃべり方ではなく、「、」も「。」も間をあけずに、何行もの長台詞を一気呵成に言い続け、ラストの「なあ」だけをモニョッと泳がせる発し方をされていて、それが、相手の気持ちを考えながらはしゃべらない 知恵遅れの特有さが非常に感じられて、そこも唸らずにはおれなかった。
又、食べるショットや走るショットでは、全身全霊を使われていると解る、他の事は何も考えていない無心さ、寄りの表情では、何を考えているのか解らない所も、小林氏の演技力の高さに、溜息をつかずにおれなかった。

この映画、私は先日、神保町シアターの、山下清・生誕100年を記念しての上映で初観し、あまりにも感動したのでDVDも買おうと探したが、DVD化はされていないと知り、ひどく落胆し、思わず、こう叫んでしまった。
「どうして、こんな大傑作がDVD化されていないのかなあっっっ???」

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この記事へのコメント

  • アニマルボイス

    ラストちょい前に、若き日のクレージーキャッツの面々が出てくるのもお見逃しなく。(^_-)-☆
    2022年09月22日 10:12
  • Boss365

    こんにちは。
    「清の疑問の台詞」なる程です。脚本家・水木洋子さんは、山下清氏を通して色々な事を訴えている?伝えている感じですね。また「劇映画の良し悪しの半分は脚本で決まってしまう」に同感です。ところで、DVD化されていないのは残念ですが、わざわざ足を運ぶ・シアターのみの映画も最近は大変貴重と感じています!?(=^・ェ・^=)
    2022年09月22日 11:44
  • 扶侶夢

    初めて観たのが小学生の頃で良い映画だった覚えがあります。数日間は小林桂樹のセリフの言い回しを真似ていました。本物の山下清を知らないのに小林桂樹がイメージで定着してしまいました。そのためか、その後テレビの芦谷雁之助バージョンは少し違和感がありました。脚本が良かったのですね、きっと。
    2022年09月22日 12:46
  • mm

    こんにちは^^
    映画には全く関心のないわたくしですが、水木洋子さんって聞いたことあります。小林桂樹は大好きな俳優さんでした。
    そしてこの「裸の大将」は以前「観てみたい」と思ったのですが、結局時間に追われ未だ観ていないです。
    2022年09月22日 12:48
  • Rchoose19

    今の時代は、この映画を楽しむことを許してくれないような・・
    そんな感じがするのです。。。
    変な風に差別感を煽っている人たちがいるような気が・・・
    小林桂樹さん。懐かしい名前です。
    2022年09月22日 12:48
  • kousaku

    懐かしいですね小林桂樹の裸の大将なんて最近のは芦谷雁之助でしたね。
    2022年09月22日 13:15
  • nikki

    芦屋雁之助さんのならDVDありました。
    2022年09月22日 13:15
  • 横 濱男

    子供の頃に、小林桂樹の裸の大将は見たかもしれない。。
    総統昔なので記憶が薄れて・・・(;゚ロ゚)。
    その後、芦屋雁之助が裸の大将を演じました。
    結構好きな映画でした。
    山下画伯の素朴な疑問に、そうだよなぁ~!!と思いましたね。
    2022年09月22日 13:58
  • たいちさん

    山下清の絵画は、何度か見ましたが、素晴らしい才能ですよね。
    2022年09月22日 14:57
  • ムサシママ

    この映画自体は知っていましたがここまで奥が深い作品とは思っていませんでした
    戦争放棄をしているのに鉄砲、
    全てが矛盾だらけの現代社会、誰も声をあげないところに不気味さを感じます
    山下清の貼り絵は繊細で緻密、存在感がありますね
    2022年09月22日 16:44
  • エンジェル

    裸の大将、昔よくテレビでよく見ていました。
    私が覚えているのは芦屋雁之助が主演でしたが、ハマリ役だなと思っていました。小林桂樹さん主演のは見てないかもしれません。一度見てみたいです。
    2022年09月22日 18:14
  • kiyotan

    この映画は見てみたいですね
    あれだけの絵が描ける方ですからやはり観察力は
    鋭い方だと思うんです。
    2022年09月22日 18:48
  • そらへい

    小林桂樹さんは好きな俳優さんでした。
    「裸の大将」はテレビドラマで見たような気がします。
    主演は確か芦屋雁之助だったような気がします。
    タイトルも主人公も同じですが
    当然別物ですね。
    2022年09月22日 21:11
  • yes_hama

    「裸の大将」、映画は観たことないですが芦屋雁之助さん主演のTVドラマはよく観ておりました。懐かしいなあ。主題歌「野に咲く花のように」も今聴くと涙が出るほど(?)懐かしいです。^^;
    2022年09月22日 21:51
  • gardenwalker

    こんばんは
    皆さんと同じく、山下清というと私も芦屋雁之助さん世代です
    今の時代は、○○症とか言われるようになりましたが、昔は奇人変人みたいな目で見られていた時代があったのを思い出しました
    ドラマの脚色もあるかとおもいますが真直ぐで純粋な方だったんでしょうね
    2022年09月22日 22:05
  • みち

    テレビドラマは観たことはあるかも知れませんが映画は知らなかったです。
    セリフ回しとか、演劇を勉強されているぼんぼんちさんだからこそ、
    心に響くのでしょうね。
    山下清さんの花火の絵、たぶん映像で観ただけですが、心に残っています。
    2022年09月22日 23:17
  • mau

    山下清画伯、色んなの方が演じてらっしゃいますよね。皆さん個性が
    2022年09月22日 23:31
  • さとし

    私は観ていませんが、裸の大将というタイトルがとても懐かしく感じましたよ。
    2022年09月23日 08:33
  • ぼんぼちぼちぼち

    みなさん

    さっそくのコメントをありがとうございやす。
    そう、山下清は、芦屋雁之助さんも演じられてやすね。
    あっしは、芦屋雁之助さんのほうはまったく観てないので、それに関しては何も論ずることが出来ないのでやすが、
    あっしは、山下清がモチーフになっている作品が好き、なのではなく、この映画作品が好きなのでやす。

    水木洋子さんが脚本ということなので、かなりの期待はして見に行きやした。
    でも、想像を遥かに上回る出来の作品で、こうしてここに感想を述べずにはおられやせんでやした。
    ーーー水木洋子さん脚本の映画には、「喜劇・にっぽんのおばあちゃん」主演・北林谷栄 がありやすが、こちらも、喜劇でありながらも、それまでの家族制度が崩壊してゆく社会的なテーゼもあり、大傑作でやす。
    あっしはこの作品は、脚本を所有してやす。
    笑わせながらも、社会的な辛辣さを強く込める、というのは、水木洋子さんの真骨頂でやすね。

    「裸の大将」は、ほんとに何度も何度も観たいと思ったので、DVDも欲しいと思ったのでやすが、次回の劇場公開を待つしかないでやすね。
    次回、劇場公開されるとしたら、来年の神保町シアターアンコール上映作品に選ばれたら、映られると思うので、選ばれるのを願いに願ってやす。
    やはり映画は、大きなスクリーンで観る用に作られているわけだし、劇場の臨場感というのも、なにものにも代え難いものがあるので、劇場で観るのが一番なんでやすが、
    あっしは、惚れ込んだ映画は、劇場でも観て、DVDでも観て、劇場公開がきたらまた劇場に見に行く、という見方をするのが理想でやす。
    つまり、好きな映画作品は、何十回でも、そらで完成台本を書けるくらいに観たいでやす。

    この作品で、小林桂樹さんは、毎日映画コンクール主演男優賞を受賞されてやす。
    賞を与えられるに相応しい、全身全霊をかけられた圧巻の演技でやす。
    小林桂樹さんが素晴らしかったために受賞されたのには、大きく頷けるところなんでやすが、
    あっしがもしも審査員だったら、小林桂樹さんだけでなく、監督にも脚本家の水木洋子さんにも賞を差し上げたかったでやすね。
    この映画は、脚本 演出 演技 の三大柱がどれも大きく巧く絡み合って成立しているので。

    そうでやすね、今の時代だったら、こういう映画が作られることは不可能でやしょうね。
    妙な形で差別差別と騒ぐ一部の人がいるから。
    この作品には、清が、働いている飯屋で、あからさまに馬鹿にされたり、のけ者にされたりするシーンが出てきやす。
    でも、そういうシーンがなければ、この映画は成立しやせん。

    また、劇中に、山下清のちぎり絵のタブローが何枚も出てきやす。
    ほんとうに、観察眼鋭く緻密な作業を得意としていた画家だったんだなあと、感嘆しやした。
    あっしが得に、すごいなあ!と思ったのは、海水浴場を描いた作品でやすね。
    海から、頭や手や脚がにょきにょき出ている。
    こういう表現をする画家は、極めて稀だと思いやす。
    2022年09月23日 08:54
  • HOLDON

    山下清ほど信じられない画家はいなかったです。
    あの絵画、ちぎり絵・・・・
    構図から何から何まで天才。
    本当にドラマのような知能程度の人だったんだろうかと。
    2022年09月23日 11:38
  • 八犬伝

    水木清子さん、存じ上げませんでした。
    なるほど
    鋭い展開で、核心を突いた発言をさせているのですね。
    1958年の作品ですか
    まさに私が産まれたころの作品ですね。
    当時の世相ってどうだったんだろう?
    高度成長に向かって
    日本人ががむしゃらに働いていた頃かな。
    2022年09月23日 11:50
  • hirometai

    ぼんぼちぼちぼち様
    胸が痛みましたが、感動した映画です。
    懐かしいです。
    あのちぎり絵を見た時の心の温かさは忘れられません。
    2022年09月23日 13:26
  • Take-Zee

    こんにちは!
    小林圭樹さんがそんな役どころをするなんて
    考えられませんね! でも映画は見ましたよ!
    2022年09月23日 16:19
  • らしゅえいむ

    自分の記憶に
    母に連れられて
    地元の百貨店の2階だか3階だか。
    山下清 氏
    ご本人と対面しました。
    サイン会のようなものだったのでしょうか。
    幼稚園生のころの記憶です。
    2022年09月23日 19:36
  • カトリーヌ

    芦屋雁之助さんバージョンのしか知りませんが
    全然別物のようですね。
    関係ありませんが、お隣のおじさんが山下清という
    お名前で「裸の大将!」と思った記憶が^^
    2022年09月24日 08:57
  • ぼんぼちぼちぼち

    みなさん

    へい、芦屋雁之助さんのバージョンとは、スタッフも脇役陣も皆違う、まったくの別作品でやす。
    芦屋雁之助さんのほうの正式タイトルは、「裸の大将放浪記」になってると思いやす。

    山下清画伯、軽度の知的障害者だったことは事実でやしょうね。
    映画はドラマは、いくら主人公が実在の人物であっても、虚構の世界でやすから、現実に、あのような喋り方をなさっていたかどうかは解りやせんが。

    仰るとおり、ほんとに天才画家だと思いやすね。
    画家の仕事の裏を明かしてしまうと、殆どのプロの画家は、理論的テクニックで以て、感覚・感性で描いたように見せ掛けて描いてるんでやすよ。
    そして、お客さんに向かっては、あたかも感性で描いたように語る訳でやす。
    何故なら、絵画を好きなお客さんは、画家が理論ではなく感性で描いていることを夢見るように望んでいるから。
    そうすることによって、売り上げが上がるから。
    だけど、山下画伯にはそういうそろばんづくは出来なかった訳でやすから、感性で描きたいものを描いて世間に認められた、まさに天才でやすね。

    山下清画伯と実際に対面なさったことがあるとは、それはすごい!
    幼稚園の頃だったら、どんな雰囲気のかただったかまでは、憶えておられないかな?
    2022年09月24日 09:27
  • よいこ

    劇評を読ませていただくだけでも、秀逸なセリフまわしと、考えられた脚本なんだなってよくわかりました。
    昔、天才バカボンのアニメを見ていて泣いたことがあります。
    普段下に見られ、馬鹿にされているパパは、無垢な魂で、世の中の常識や差別に鋭い言葉を投げかけていました。清さんが書かれていたセリフを口に出すのは、現実には難しいけど、心に響く言葉たちですね。
    2022年09月24日 10:06
  • リンさん

    こんな昔に山下清の映画が作られていたなんて、全然知りませんでした。
    ドラマは見ていたけど。
    今でこそ見たい内容ですね。
    2022年09月24日 13:27
  • 青い森のヨッチン

    TVドラマ版しか知らないので映画版に興味を覚えました。
    テレビドラマの方はダカーポが歌う主題歌のようにほのぼのしたホームドラマという作りでしたが映画の腑方はかなり趣が違うようですね
    2022年09月24日 16:49
  • marimo

    「病気で死ぬと『仏様』になるのに、戦争に行って死ぬと『神様』になるのは、どうしてなのかなあ?」
    このセリフは深いなぁって思いました。
    2022年09月24日 17:35
  • ヨッシーパパ

    裸の大将は、ドラマ版をよく見ていたことを思いだしみた。
    2022年09月24日 18:36
  • ぼんぼちぼちぼち

    みなさん

    そう、この作品は、ほのぼのムードではなく、人情喜劇でありながら辛辣、といった作風でやすね。
    あっしは、映画には深さが必須と考えているのでやすが、まさにこの映画は、非常に深い。
    何度も何度も観るに値する作品でやす。

    そうそう、天才バカボンのパパの発言とかなり重なるものがありやすね。
    赤塚不二夫さんも、バカボンパパの台詞を通して、皆が当たり前のようにやり過ごしている矛盾を、テーゼされたかったのだと思いやす。

    「病気で死ぬと仏様になるのにーーー」あっしも観ていて、確かにそうなんだよね!と、頷きやしたね。
    戦時は、戦争に行って死ぬと神様として靖国神社に祀られることを名誉とする、という大義名分によって、多くの若者が命を無くしていったのでやすよね。
    そこに、純朴な清だからこそ口をついて出る疑問、この台詞も名台詞だなあと、唸りやしたね。
    2022年09月25日 09:48
  • yokomi

    栄華ではなくTVドラマで見たような気がします。当時はそのようなことに気付きもせず(^_^;) 小林桂樹版を是非見てみたいです(^_^)v
    2022年09月27日 23:00
  • ぼんぼちぼちぼち

    yokomiさん

    小林桂樹さん版、秀逸な出来なので、機会があったら、是非ご覧になってくださいでやす。
    あっしも、今回、よく行く神保町の映画館のチラシを見るまで、この作品の存在を知りやせんでやした。
    映画史に埋もれてる中にも、秀作っていくつもあるんだなあと、改めて思いやした。
    2022年09月28日 07:54